御霊に強められて歩む

”私たちの内には「聖霊」がおられる”ということを聞いて、戸惑う人がいるでしょうか。

 日本人の宗教観のひとつに、神様は様々な場所や物に宿っているという考えがあります。少し前には「トイレの神様」という歌が流行りましたし(懐かしい)、パワースポットや御朱印ブームは今も続いています。

 神社やパワースポットへ訪れる人は、その場所にあると信じられている神秘的な力を求めています。「困ったときの神頼み」という言葉がありますが、困難に直面したとき、立ち上がる力がほしいときには、私たちの方からその場所、そして神様に近付いて力をいただく。これが日本の文化に根付く神様の見方です。

 だから、「神様がともにおられる」と聞くと、少し違和感を覚える人がいるかもしれません。でも聖書が語る神様は、そのような考えを180度変えます。

聖書には「恐れてはならない。おののいてはならない。あなたの神、主が、あなたの行く所どこにでも、あなたとともにあるからである。」(ヨシュア記1:9)とあります。私たちの方から近付くのではなく、なんと神様の方から私たちに近付いてきてくださるのです。

 近付いてくださるだけでなく、私たちの内に住まわれ、どんな時も私たちのともにおられます。その神様の霊が、「聖霊」です。聖霊とはイエス・キリストが天に昇られたあとで、私たちとともにおられるために与えられた御霊です。「聖霊」というと、何か目に見えない魂のようなものを想像するかもしれませんが、聖霊は神様、そしてイエス・キリストご自身であり、人として存在します。ですから私たちは友だちや家族とそうするように、聖霊とも関係を持ち、会話をし、交わることができるのです。聖霊については、ここではとても語り尽くせませんが、今日は2つの聖霊の力について紹介したいと思います。

1.聖霊はキリストの人生を通して、聖書と福音を理解できるように助けてくださいます

    私が聖書を初めて読んだときは、内容が難しく、読み進めることに困難があったことを覚えています。でも、不思議と少しずつ聖書を理解するようになり、聖書に出てくる十字架やイエス・キリストの愛を本当の意味で体験するようになりました。なぜでしょうか?私たちの内におられる聖霊が、それを助けてくださるからです。聖書に書かれていること、そして神様の愛を理解することは、決してひとりではできません。聖霊が優しく、そして豊かに私たちに語りかけてくださることによってできるのです。

    今は毎日聖書を読んでいますが、聖書の物語ひとつひとつがドラマのように目に浮かび、ことばが目の前に迫ってくるような臨場感を持って読んでいます。そして神様のことばを心から求め、読みたい気持ちで溢れています。聖書を読んだあと、神様からの語りかけを受け取って、平安と新しい力で満たされるのを感じます。みことばを読まないといられないほどです。聖霊を通してみことばを読むとき、聖霊は私たちに新しい霊的な眼鏡を与え、聖書と福音を理解することを助けてくださるのです。

    また、聖霊は私たちに必要なものを、みことばを通して時にかなって与えてくださいます。悲しみのときには慰めを、恐れの中では励ましを、不安の中には平安を与えてくれます。コロナ禍で、これまで以上に孤独や困難を体験した人もいるかもしれません。私も多くの予期せぬ出来事に直面しましたが、「世に勝つ者とはだれでしょう。イエスを神の御子と信じる者ではありませんか。」(第一ヨハネ5:5)と聖書にある通り、この約束をつかみ、聖霊の励ましと力を受けて、神様とともに乗り越えることができました。聖霊は私たちが神様の愛、喜び、平安の中で生きることを助けてくれます。

2.聖霊は弱い私たちを助け、正しい方向に導いて下さいます

 自分の力には限界があります。限界があるどころか、出来ないことの方が多いのかもしれません。私は大学4年生の3月に救われたので、就職活動をしているときはクリスチャンではありませんでした。今振り返れば、自分の力で必死にもがく毎日だったなあと思います。進む道がわからず、助けてくれる人もいない、そんなところを歩いているかのような不安がありました。

    今、私の人生にはどんなときも正しい方向に導いてくださるお方がともにいます。そのお方を100%信頼してすべてをゆだねるなら、私たちは自分の力で頑張る必要もあれやこれやと心配する必要はないんです。

 エブリネイション教会のミッション声明は「日本、アジア、そしてすべての国にキリスト中心で御霊に強められた、社会的に責任を持った教会と キャンパスミニストリーを建て上げることで神に栄光を帰す」です。

   私たちは御霊に強められた者であり、御霊に強められた教会です。”御霊に「強められた」”という表現が、私は神様のご性質をあらわしていてとても好きです。神様の霊は、私たちのそのままを愛し、強め、励ましてくださる、そのような霊です。そして御霊によって、私たちは真理を知り、そうでない罪から離れた自由と喜びの内を歩むことができるのです。

    初めて教会に来てくださる方から、よく「教会の人は何かが違う気がする」と言われることがあります。クリスチャンの内側から出る喜びとエネルギーの秘密が、少しはお伝えできたでしょうか。

◇鈴木歩未